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Category Archive for '貧乏暮らしはエコライフ'

今日も2往復、農業資材を運んだ。小さな菜園の方はまだ手付かずだが、小さいからこそ自分でも何とかできそうだし、気張らずに済むのがものすごくうれしい。 ところで、今日お隣の神社で立ち話をしたときに、どこの家も周辺に果樹を植えていないですね?って聞いて見ると、確かにどこの家もあまり果樹は植えていないようである。 もちろん家庭菜園はどこでも作っていて、家の周辺は自家野菜の圃場だ。当たり前だが、ごく一般的な畑であって、パーマカルチャー的な畑ではないし、パーマカルチャーなんて誰も知らない。私自身理解半ばだ。
もちろん、果樹を作ったところで時期は限られるし、年間を通して継続的に食べることができるわけではないので、パーマカルチャーだ、食糧生産だ、というわけでもない。しかし本来、パーマカルチャー的農業生産は、季節のものの組み合わせで年間を通して食糧を生産するのが目的だろうし、逆に、果物が季節のものとして食べられることこそ果報というべきだろう。 さてそこで、今私はたったの10数坪の家庭菜園でどれほどの野菜を作れるか考えるのが楽しくなってきた。例えば、通常の畑ならひとつの野菜の株元に他の野菜を植えることは無い。しかし、たかだか10数坪の畑の場合、その僅かの面積を最大限に活用しないわけには行かない。 そこで、背の高い野菜と低い野菜、日当たりが好きな野菜と日陰が好きな野菜やきのこなどをうまく組み合わせることで種類も増えていくわけだ。この配置やローテーションを考えるだけで頭の中がパニックになるほど楽しんでいる。
エッ?パニックって楽しいの、、、って思うかもしれないが、無限の組み合わせの中から最善を考えるのはそれだけで楽しいのだ。 まして裏は山だ!。きっと未知の植物が私の行くのを待っている?はずだ。
できれば今月中に移転を完了しようと思っている。 水道とガスは直せそうだが、ゆるくなってしまった床を直すのは大変そうなので、これは移転後にこつこつ直すことにしている。床のことは、畑より後回しになりそうだ。 なにしろ、5~6年もの間、畑仕事ができずに欲求不満がたまっているのと、パーマカルチャー的空間作りにようやくチャレンジできる喜びが、日を負うごとに少しずつ気持ちの底に湧き上がってきている。 こんな田舎で暮らしながら、何やら不思議で楽しい植物の空間ができていたら、、、なんて、夢見る夢子さんの気分でおはずかしい限りだが、夢は尽きない。

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パーマカルチャーをネットで検索して見ると、本格的に行っている農場などが現れる。しかし、私自身は農場などと言う事業ベースのものではなく、いわゆる田舎暮らしなどの個人の暮らしとして実践したいと考えている。だから、その利用空間は何反歩や何町歩などという敷地で実践するのではなく、100坪や200坪程度の小さな空間で実践して行こうと思っている。
ところで、日本の農村の一般的な家の敷地内には、庭木らしきものが植えられているものの果樹や宿根のハーブのようなものは少ない気がするのだがいかがだろうか?敷地内に柿や梅、裏の方に栗は時々見かけるものの梨の木があったり、桃の木があったり、リンゴの木、ブドウ、プラムやブルーベリーやキウイやさくらんぼ、柑橘系の果樹などはほとんど見たことが無い。柑橘系に関しては住んでいるところが結構北なので難しいが、それにしてもいささか少ない気がしている。
そこでまず、私は岩手県南の気候に合う範囲内で、食べたい果樹を植えることにしている。まず、これだけで相当楽しみが増える。次に宿根系のハーブをたくさん植えたいと思う。別にハーブを利用した料理が得意なわけではない。ハーブは虫除けにもなるし、お茶にもできる。とにかく用途は広いのだ。一番の理由は、草刈が嫌いな私は地面を覆うマルチ植物としてハーブを利用しようと思うわけだ。
さて、野菜はどうするのか? 混植が基本であり、背の高い野菜と低いものの組み合わせや科の異なるものの混植など、こぼれ種による野生化もよしとする、とにかく一種類だけというのではなく、あれもこれも草の中にあれば、虫も付きにくく無農薬が実現するだろう。
パーマカルチャー的空間の創造は、まさにクリエイティブワークだ。ほとんど食料費のかからない暮らしの実現が夢である。 とにかく、引っ越してからの実践が楽しみだ。

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農村が疲弊し高齢化が進み、当然ながら農業者はどんどん少なくなっていくのが目に見えている。 国内の食料の自給率が39%というのに、これを誰が作るのかも考えず、2015年ごろだったか、自給率50%まで上げたいなどという、無責任なことを言う識者なるものや政治家がいる。誰が作るのか、、、。ねえ、誰が作るの!!
例えば生産効率を上げ、少ない農業者で食料自給率を例え50%にあげても仕方がないと考えたことはないのだろうか?農村に人がいない。都市に住む農業法人の社員が、都市から少し離れた農地へ通勤して、大型機械を使って農業をしている。でも、農村に人が住んでいない。食料自給率が上がったけれど、農村に人は住んでいなかった。 農村にあった地域の伝統や文化は総てなくなってしまった、、、。

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エコライフとは自然に優しい製品を利用することやエネルギー消費の少ないものを利用することではないと思うのです。そんなことをしても結局は自己満足以外の何物でもなくて、あまりの微力さに嫌気がさしてしまうほど?なのかもしれません。結局つまるところ、些細な暮らしの工夫レベルでは役に立たず、石油の利用をやめてしまうこと以外には方法がない気がしています。しかし、車のない社会や電気のない社会は、今では想像もできないし、暮らしていけない!!ということになってしまいます。あらら・・・。

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